實吉 岳郎
略歴
- 1996年 北海道大学農学部畜産科学科卒業
- 1998年 東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻修了
- 2002年 東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻修了(御子柴克彦 教授) 博士(医学)取得
- 2002-2007年 オレゴン健康科学大学 ボラム研究所(Prof. Thomas Soderling)
- 2007-2009年 産業技術総合研究所 臨海副都心センター(夏目徹 博士)
- 2009-2016年 理化学研究所 脳科学総合研究センター (林康紀 博士)
- 2016年-現在 京都大学大学院医学研究科 システム神経薬理学 准教授
これまでの研究テーマ
初期胚におけるカルシウムシグナルが制御する背腹軸形成
初期発生での背腹軸形成時に腹側化シグナルとして働くイノシトール3リン酸-Ca2+経路の下流分子の同定を目的にいくつかのカルシウム依存的酵素をスクリーニングした結果、腹側化シグナルは脱リン酸化酵素カルシニューリンが制御する転写因子NFATを介していることを突きとめた。NFATを予定腹側域で抑制すると古典的Wnt経路のWnt-β-Catenin経路の活性化が起き腹から背へ運命変換した。一方、腹側化シグナルとして働くWnt-Ca2+経路は、カルシニューリン-NFAT経路を活性化した。つまり、初期発生胚の運命のデフォルトは背であり、局所的なカルシウムシグナルによるカルシニューリン-NFAT経路の転写産物が背腹の極性を生み出し背腹軸を形成すると考えられたs[1][2][3]。
神経活動依存的な神経細胞の形態形成
神経細胞は、高度に極性を持った細胞である。神経細胞は発生ステージに伴い、軸索、樹状突起、スパインと特徴的な構造を獲得する。海馬神経細胞では神経活動を受けて樹状突起が伸長しスパインを形成する。このプロセスで、CaMKI-CaMKKカスケードがERK経路を介した転写因子CREBの活性化を引き起こし、その転写産物のWnt2が樹状突起の伸長、複雑化を引き起こしている事を明らかにした[4]。
続いてカルモデュリンキナーゼの結合タンパク質をプロテオミクスの手法を行いて解析し、CaMKKがグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)のβPIXと結合する事を見出した。神経細胞内では、このシグナル複合体によりCaMKIがβPIXのSer516をリン酸化し、GEF活性を促進することがわかった。さらに神経活動依存的なスパイン形成はグルタミン酸受容体(NMDAR)の活性化を受けたCaMKK-βPIXシグナル複合体を介して制御される事を明らかにした[5]。
また細胞膜局在型のCaMKIγアイソフォームが、TRPC5チャネルの下流で働き、軸索の形成と伸長を制御すること[6](J. Neurosci., 2009)、スパイン形成時と同じCaMKK/CaMKI/βPIX/GIT1シグナル複合体がRac1シグナルを介して小脳顆粒細胞と髄芽腫細胞株の神経移動を制御する事を明らかにした[7]。
以上の一連の論文で、これまで酵素としての存在は知られていた機能未知だったCaMKIの生物学的意義、中でも神経発生時にカルシウムシグナルを生化学反応に変換する極めて重要な酵素である事を示した[8]。また、CaMKIは他にシナプス可塑性でもカルシウムとERK経路とをつなぐ分子であり[9]、今後発生時のみならす成熟神経細胞での機能解析も期待される。
シナプス可塑性の分子メカニズム(2009―現在)
神経細胞間連絡を行う場であるシナプスは、受け取る刺激に応じて伝達効率が変化する。このシナプスの可塑的変化は記憶の基盤として考えられている。シナプスの大きさと機能的な強さには正の相関があり、構造変化はアクチン細胞骨格が担う[10][11]。
長期増強現象(LTP)に伴うシナプスの形態変化に着目し(構造LTP)、シナプスを構成するタンパク質の挙動をライブイメージングで解析した。アクチン骨格制御因子コフィリンが、刺激後速やかにスパインへ流入し内部での濃度が高まりアクチン線維とスパイン構造を安定化することを見出した。また、刺激後すぐに肥大するスパイン体積とは異なりシナプス後肥厚(PSD)は、刺激直後は変化せず、約1時間後に新規タンパク質合成依存的に増大する事を明らかにした[12]。
記憶研究での大きな疑問は、一瞬のシナプス刺激をどのように長期的な情報として蓄えるのかという事である。LTP刺激を受けたシナプスではCaMKIIとRacグアニンヌクレオチド交換因子Tiam1が持続する安定したシグナル複合体を形成することを見出した。この複合体は、2つの分子がお互いを活性化し合い、その活性を長期に亘り継続したため、この様式をRAKEC (reciprocally activating kinase-effector complex)と名付け、一過的なカルシウム濃度の上昇を長期間持続するRac1活性とシナプス構造へと変換する分子実体であることを明らかにした[13][14]。
CaMKIIによるRAKEC形成不全のノックインマウスを用いて細胞レベルで得られた知見を個体レベルへの研究へと展開させている。Tiam1やCaMKIIαにRAKEC形成不全変異を導入したノックインマウスは、海馬スライスでのシナプス可塑性はほぼ完全に消失していた。さらに学習課題である新規物体認識試験での長期記憶の形成は障害されていた[15]。すなわち、Tiam1やCaMKIIαがつくるRAKECは長期記憶の形成に繋がるシステムレベルでのプロセスに関与していると考えられる。
上記の細胞レベルでの研究に加えて、分子レベルでの長期記憶のメカニズムも検証している。タンパク質はターンオーバーによって入れ替わるため、生涯にわたる記憶にはシナプス内での分子活性や状態を長期間維持するしくみが必要である。膜を持たないオルガネラとして注目されている相分離は、細胞内で物質の区画を維持する仕組みの一つである。相分離する条件の一つに多量体形成能があるため、12量体であるCaMKIIが相分離のコアとなって機能分子を集積、濃縮し長期記憶に寄与していると考えている[14]。実際、精製タンパク質を用いた実験では、CaMKIIはシナプスタンパク質と相分離する(未発表)。前述のRAKECと共に記憶の分子実体として機能する仮説を検証している。
以上の研究により記憶学習に関わる概念上の存在であった記憶分子の実体についてその形成過程と存在意義を明らかにしつつあり、今後この研究をさらに拡張し発展させ、「なぜ生体の物質は入れ替わるのに、記憶は失われないのか?」という疑問に答えていきたい。
出版リスト
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授業担当
B11a/b 薬理学講義・実習
所属学会
Society for Neuroscience 日本神経科学会 日本神経化学会
個人的側面
趣味
魚釣り(特に淡水小物釣りとソルトルアー)、アコギ、ケーキ作り
読書(近現代史)
連絡先
〒606-8501 京都市左京区吉田近衛町
京都大学大学院医学研究科 システム神経薬理部門 A棟404号室
電子メールアドレス:saneyoshi.takeo.3v@kyoto-u.ac.jp
075-753-4393