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 私たちは日々新しい事を記憶していきます。しかも驚くべき事に、一旦記憶されたことは何十年にもわたって思い出すことが出来ます。このような記憶を脳の中に保持し続けるメカニズムは何でしょうか。

 私たちは特に、海馬という部分に着目し、研究を進めています。海馬が障害されたヒトや動物では新しい記憶が形成されない事からこの領域は新しい記憶の形成に必要ではないかと考えられています。

 40年程前にBlissとLømoらが、海馬で興味深い現象を発見しました。彼らは海馬のシナプス応答が、ごく短期間の高頻度刺激により、長期的に増強する事に気づきました。これは今日、long-term potentiation (LTP)として良く知られています。LTPを薬物で阻害すると記憶が障害されますし、記憶の誘導によりLTPと同じ様にシナプス反応が亢進する事から、LTPは、記憶の細胞レベルの現象だと考えられています。

 このLTPをモデルとして、私たちは記憶の分子メカニズムを解明しようとしています。

図1. 海馬CA1領域のLTP
図2.AMPA型グルタミン酸受容体のトラフィッキング
AMPA型グルタミン酸受容体をGFP融合タンパク質として、海馬神経細胞に発現した。その上で、テタヌス刺激を与えた。

シナプス活動依存性AMPA型受容体ダイナミックス

 シナプスでは、シナプス前終末からグルタミン酸が放出され、シナプス後膜上のグルタミン酸受容体に結合する事でシナプス電流が生じます。シナプス後膜上にはAMPA型、NMDA型2種類のグルタミン酸受容体があることが知られていますが、LTPで増強するのは、そのうちAMPA型グルタミン酸受容体分子です。同じようにシナプスに共存するNMDA型受容体反応は変化しません。それを説明する機構として、私たちはLTP誘導に伴いAMPA型受容体がシナプス後部に移行するのではないかという仮説を立てました。

 これを実証するため、GFPイメージング並びに電気生理学的な手法によりAMPA型受容体を標識し、LTP誘導に伴い新しいAMPA型受容体分子がシナプスに挿入されるかを検討しました。その結果、LTPに伴い、実際にシナプスにAMPA型受容体が挿入されることを実証する事に成功しました[1]

 AMPA型受容体分子のダイナミックスはシナプス可塑性のセントラルドグマとして現在幅広く受け入れられています[2]

図3. アクチン重合の可視化
FRETを用い、アクチン重合状態を可視化した。矢印の時点でLTPを誘導した。スケールバーは0.5 µm、時間単位は分。

樹状突起スパインの構造的可塑性に関わるアクチン分子

 グルタミン酸受容体はそれ単独で存在する訳ではなく、足場蛋白質という一群の蛋白質の働きでシナプスに維持され、さらに細胞骨格やシグナル伝達分子との高次複合体を作っています。その為、シナプス可塑性に伴って、AMPA型受容体だけではなく、その他の多くの蛋白質も協調してシナプスへ挿入される事が必要です。それにはどういった機構が考えられるでしょうか。一つは、すべての分子が何らかのシナプス移行シグナル(例えばリン酸化など)を備えているという可能性です。もう一つは、少数の分子がシナプスへ移行し、それ引き寄せられて、その他の分子もシナプスに移行する可能性もあります。

 私達は、特に細胞骨格の一つのアクチンに注目しました。アクチンは、重合して線維状分子になりますが、その重合・脱重合は、様々な細胞内シグナル伝達系により制御されています。またさらに、線維状アクチンは種々の蛋白質の結合部位となっています。

 そこで我々はFörster共鳴エネルギー移動(FRET)という光学的な手法を用い、線維状アクチンを観察できる系を開発し、LTP誘導に伴い線維状アクチンが増加することを実験的に示しました。さらにその結果、シナプスが大きくなり、シナプス後部にその他の蛋白質が移行していく事も判りました。一方、LTPの反対の反応である、長期抑圧(LTD)誘導によってはこの逆の反応が起こり、シナプスの縮小が引き起こされました。この結果は、シナプス可塑性が樹状突起スパインの形態として長期にわたり維持されること、アクチンの重合状態がそれを担うことを初めて示したものです。

 今後は、シナプスの構造が変化する分子メカニズムを明らかにしたいと思っています。現在は特にアクチン情報伝達の上流のシグナル伝達の解析を押し進めています。そのため、FRET、二光子顕微鏡イメージング、分子生物学などの方法を組み合わせた実験を行なっています。その結果、アクチンを中心としたLTP誘導後の分子動態が次第に明らかになってきました。今後数年で、より詳細なメカニズムが明らかになる事でしょう。

図4. CaMKIIによる線維状アクチンの束化
CaMKIIの存在化で、線維状アクチンが束化している(右)。スケールバーは500 nm。

細胞構造因子としてのCaMKIIの新たな働き

 LTPの分子機構として重要な分子にCaMKIIという分子が知られています。CaMKIIはカルシウムにより活性化される蛋白質リン酸化酵素で、一度カルシウムにより活性化されると、酵素活性をカルシウムが無くなった後でも持続できるという特徴があります。そのことから以前からCaMKIIはシナプス可塑性に必要な情報伝達分子として考えられてきました。

 ところが、その考え方では説明し難い事実があります。それは、シナプスに存在するCaMKIIの量です。シナプス後肥厚画分の中にはCaMKIIが、他のどの分子よりも多量(10-20%程)に含まれています。1分子のキナーゼが、たくさんの基質蛋白質をリン酸化出来るので、CaMKIIがキナーゼとして働くのだけでしたら、こんなにたくさんある必要はありません。情報伝達分子としては量が多すぎます。

 そこで、私たちは、CaMKIIは実はシナプスの形を作っている細胞骨格の一部ではないかと考えました。実際にsmall hairpin RNA (shRNA)を用いてCaMKIIサブユニットを特異的に減少させると、シナプスが縮小することを見いだしました。興味深いことに、この作用は、CaMKIIのサブユニットのうち、βサブユニットに対するshRNAを用いた時にのみ特異的で、αサブユニットに対するshRNAは効果がありませんでした。βサブユニットにはαサブユニットにない線維状actin結合配列が存在することが知られていました。この配列はこれまで、CaMKIIがシナプスへ移行するのに必要だと考えられてきましたが、私たちはこの配列によりCaMKIIが線維状アクチンをさらに束ねている事に気づきました。その作用によって、CaMKIIはシナプスでアクチン線維、ひいてはシナプスの構造を安定化していると考えられます。

 その後、私たちはCaMKIIとアクチンが、CaMKII自身のリン酸化によって調節される事に気づきました。現在は、CaMKIIのシナプスの構造要素としての働きと、キナーゼとしての働きがどのような関係にあるかを調べています。

海馬神経活動の可視化と記憶によるセルアセンブリの変化の検出の試み

図. マウス用仮想現実空間セット
マウスは発泡スチロールの球の上で走り、仮想現実空間が動きに合わせて表示されます。海馬の神経細胞活動は二光子顕微鏡を用いて観察します。

 LTPが生じるとこれまで弱かった神経細胞同士の結合が強くなり、同時に発火する様になります。これが、たくさんの神経細胞で起こると、同時に発火する一群のニューロンのネットワークが生じます。これをセルアセンブリと呼びます。セルアセンブリは、個々のニューロンが担っている情報を関連づけることで、より上位の情報処理に関わっていると考えられています。

 ところで、セルアセンブリの研究にはこれまでは主に電気生理学的な記録が用いられてきました。ところが、この方法では記録出来るのはニューロンのごく一部です。また、セルアセンブリの空間的な配置などは殆ど判りません。私たちは、二光子顕微鏡イメージングと埼玉大学の中井淳一教授により開発されたカルシウムセンサー蛋白質であるG-CaMPを組み合わせることで、海馬のセルアセンブリが空間や物体の記憶に際してどのように再構成されていくかを観察する事を試みています。

参考文献

  1. S Shi, Y Hayashi, J A Esteban, R Malinow

    Subunit-specific rules governing AMPA receptor trafficking to synapses in hippocampal pyramidal neurons.
    Cell: 2001, 105(3);331-43 [PubMed:11348590] [WorldCat.org]


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  2. R Malinow, Z F Mainen, Y Hayashi

    LTP mechanisms: from silence to four-lane traffic.
    Curr. Opin. Neurobiol.: 2000, 10(3);352-7 [PubMed:10851179] [WorldCat.org]


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